青?裸々な日常
2009年10月01~
第168号 松竹新喜劇60周年記念


10月3日(土)51回公演
松竹新喜劇60周年記念の公演として大阪松竹座で一ヶ月公演が行われている。
9月5日初日で10月4日千秋楽。
普通、一ヶ月公演って25日間くらいなんだけど、
すごいぜ、文字通りの一ヶ月公演だぜ。
51回公演ってのはスゴイなぁと感心しながら携わってきました。
まぁ、その間にちょくちょく東京帰ったりしましたが、久しぶりに東京を離れて長期間の仕事をさせてもらいました。
長期の仕事って何が楽しいかって、一緒に仕事する人たちが、日に日に家族のようになっていくことです。
楽しい現場でした。
明日の千秋楽が終わった途端に、みんながバラバラになるのです。
さびしいような面白いような。
楽しい一ヶ月でしたわ。


10月4日(日)松竹座 千秋楽~岡山・浜松町~帰宅
松竹座千秋楽。
60周年を迎えた松竹新喜劇のお手伝いをさせてもらって良かった。
楽しい一ヶ月でした。
最後に幕が降りて、出演者一同での手締めもジーンときました。
と、感慨に浸ってる間もなく、新大阪駅に向かいます。
タークシーーー!!
テ「新大阪まで」
運「はい」
テ「あれっ、混んでますな」
運「そうですねぇ」
テ「だって日曜日でしょ」
運「いっつもここら辺は混むんですわぁ」
テ「15分くらいで着きますよね?」
運「うーーん」
テ「えっ?着かへんの?」
運「ちょっとむずかしいですなぁ」
テ「ほんとかーい。9分の新幹線なんやけど」
運「いけるやろか?」
テ「いや、聞かれても」
運「頭の隅に入れときますわ」
テ「隅じゃなくてドーンと正面にいれとくなはれ」
運「もう切符は買うとられるのですか?」
テ「うん。携帯で買ってある」
運「ああ、便利ですわなぁ」
テ「うん。だから、9分に乗れそうもなかったら、その後の新幹線に変更するから言ってよ」
運「次は何分なんです?」
テ「22分なんよ」
運「それなら大丈夫や」
テ「そりゃ大丈夫でしょ。でも9分に乗りたいよ」
運「こっから7分で着きますわ」
テ「おおっ、急にテキパキしてきたねぇ、いいねいいね、こっから7分なら全然間に合うじゃん」
運「今までの経験では、ですよ」
テ「じゃ、変更しなくていいね」
運「はい」
テ「よっしゃーー」
と、16時9分の新幹線に乗る。
16時56分、岡山着。
稽古場に行き、お稽古開始。
先月から岡山でお稽古場が出来た。
この芝居中に3回通ったぞ。
なんだか、とても先月から始まった稽古場とは思えないくらい、
お弟子さんたちとも和気藹々だ。
いいぞいいぞ。
21時すぎ、稽古がおわり食事。
ビールを飲む。
ふーーーーっ、なんかやっと終わった感じ。
この一ヶ月、久々に長丁場の仕事をした。
肩の荷がスーッと下りていった。


10月5日(月)岡山・浜松町~帰宅
岡山空港から一寝すると羽田に着いた。
志の輔師匠と約束があり、羽田から文化放送に向かう。
浜松町にある文化放送は、羽田からモノレール一本だから実に楽。
なんか呼び出された時は空港から直が一番いいなぁ。
浜松町に着き、
さて、文化放送の受付になんて言って入って行ったら良いかなぁと
ぼんやりと考えながら歩いていると、
「おっはよーございまーす」
メンソーレ君が文化放送の前で待っていてくれた。
いやいや、びっくりした。
そしてスタジオへ。
ささっと用事を済ませる。
なにせ、このあと師匠はラジオの録音なのだ。
アグネス・チャンがいたぞ。
志「じゃな、ありがとな、また連絡する」
テ「へーーーい」
文化放送から浜松町駅に向かう。
終わったぞ。
昨日の夜も「終わったぞ」と思ったが、今の方が、より「終わったぞ」と思える。
予定よりも早く家に帰れそうだ。
今日はゆっくりしよう。
とにかく、お蕎麦を食べにいった。
「終わったぞ」とまた思った。


10月9日(金)浜松
浜松に行く。
久しぶりの「お稽古付宴会」。
浜松のお弟子さんに久しぶりに会う。
みんな元気でうれしい限りだ。


10月10日(土)長唄三味線らいぶ 伝の会
藤枝の大祭では長唄の人たちがたくさんやってくる。
行ったことのない長唄人はいないと言っていいほど。
ところが僕は行ったことがない、あははは、ま、いいか。
会館主催のライヴだった。
会館の人が実に乗り気で明るくて。
こういうところでやるライヴというのは実に楽しいものだ。
まぁ、今日もよく喋った。
気持ちの良いライヴだった。


10月11日(日)
浜松のお稽古2日目。
この地でお稽古を始めて3年かな。
ほとんどの人が手ほどきからだが、みんな上達してきた。
「楽器が身体に入る」と言うが、こないだまで構えが不自然だった人が、ある日突然すんなり構えられるようになっている。
もちろん、お弟子さん本人は気がつかない。
まさに「楽器が身体に入った」瞬間なのだ。
僕のお弟子さんは手ほどきの人が多い分、その光景を見ることがとても多い。
うれしいことだ。


10月12日(月)
東京の稽古日二日目。
「体験」の人が来るので、駅までむかえに行く。
稽古場に来て初めて三味線を構えてみる。
そりゃ不自然だわな。
それで良い。
でも、続けていけば、ある日突然、楽器が身体に入る。
その瞬間を見るのが楽しみだ。


10月13日(火)昭和付喪神の出火事件簿
邦さんが曲作りで参加した作品にお手伝いに参りました。
曲を作るってことは、僕もやるんだけど、コンセプトにあわせて作品に仕上げるというのは、なかなか大変なことで。
根気がいるなと思います。
まぁ、邦さんだから出来ることなんでしょうな。
とても面白い作品でした。
パワーがあって。
芸の裏づけがしっかりあって。


10月14日(水)那覇
眠い眠い眠い。
飛行機でゆっくり寝ようとしたが、そんなに寝られずに那覇到着。
澄み渡る青空をイメージして来たが、どんより曇り空。
11月7日に3回目の文化講座がある。
その宣伝で媒体まわり。
僕が連載している沖縄タイムスにも行く。
ふと、今月の締め切りが迫っているのではと不安になっていたが、
まだ大丈夫だったようだ。
ホッ。
夜はお稽古。
そのあと打ちっぱなしでメチャメチャ打った。
息も絶え絶えになり、ご飯もさほど食べられないくらい疲れた。
バタッと寝た。


10月15日(木)那覇
うん。
昨日の疲れは取れたようだ。
今日もお稽古。


10月16日(金)那覇
昨日も今日もうっすら雨が降っている。
寒くは無い。
沖縄の雨は、なーんも気にならない。
今回は3日間お稽古した。
ついでにゴルフのお稽古もした。
浜松といい、沖縄といい、ショートコースもゴルフレンジも近くにある。
便利便利。
帰りの飛行機はぐっすり眠った。


10月18日(日)伝の会 久良岐まつり
上大岡って聞いたことあるよなーーーと、電車に乗っていた。
着いた途端に思い出した。
数年前にライヴしたとこだ。
「四季の庭」という洒落たレストランで。
タクシーに乗って「久良岐能舞台まで」と言ったら、ススッと走ってくれた。
「第三回久良岐まつり」に伝の会を呼んでくれたのである。
しかし、久良岐(くらき)って良い名前だなぁ、なんの名前だろう?
と地元の人に聞いたら、以前、この辺りは久良岐郡と言ったそうな。
今は横浜市磯子区なんですけどね。
こうやっていろんなとこに連れてっていただくと、いろんなことに興味がわく。
楽屋から庭に出られるようになっている。
さっきからバラバラっと音がするから、何かな?と思ったら、
アアタ、どんぐりが落ちて軒に当たってる音よっ!
アラ、びっくり。
どんぐりって。
子供ん時以来の再会じゃん。
よー、どんぐりーー、何してたーーん、この数十年。
庭に出ると、コツンっとどんぐりが頭に降ってきた。
こんなに痛かったかねぇ。
なっつかしいーねー。
初めてご一緒させていただいた、きれいな姉妹の「花てまり」。
フルートとお箏ってのも洒落てますわなぁ。
お客様たちがうっとりと音楽に浸ったところで、伝の会登場。
邦「もう、音楽はいいですね」
客「はい」
どんなライヴやっ!


10月21日(水)志の輔らくご 21世紀は21日
3日ばかり自宅で稽古が続き、外の世界に出なかったせいか
すっかりボーっとしてしまい、新宿にもメッチャ普段着で出かけてしまった。
テ「おれ、仕事ん時ってこんなにリラックスしたカッコだったっけ?」
七「もう少しはキチンとした格好をなさっていたかも」
と、お供の鉄七と妙な会話をするくらい。
楽屋に入ると鉄六が
六「髪の毛、すごく普段っぽくないですか?」
ありゃ、やっぱ、めちゃめちゃ普段な感じで来たんだわ。
ま、いつも外出しているときだって、普段着みたいな格好だけど。
たった3日間、家にいただけでこんなんになってしまうのが面白い。
10年続けていらした志の輔師匠の安田の会も、今月と来月でおしまい。
なんとなく楽屋やスタッフの間でも「淋しいね」「これからも毎月21日になると新宿に来てしまいそうだ」とかの声がチラホラ出てきている。
僕も5年お世話になった。
へぇ、5年かぁ。
安田の会の半分は出囃子弾いてるんだぁ。
それプラス、ロビーゲストを3回やったな。
「なんか淋しいですね」と鉄六がつぶやいていたが、
そう考えると、ジーンとしてくるものはあるなぁ。
なにせ、この5年で人生が変わっちゃったものなぁ。
安田の会があったからこそ、志の輔さんと一緒にいられるようになったんだなぁ。
ここんとこ、蓮二(橘)さんの写真をちょくちょく見せてもらってる。
「僕はさぁ、仕事がカメラなんだけど趣味もカメラだからさぁ」
なるほどなるほど。
そして、動物がとても好きなんだということも、ここ数ヶ月で知った。
蓮「〇〇動物園と▲▲動物園は、年間パスポート持ってる」
ホンモンじゃん。
今日は、はだか(寒空)さんが遊びにきてた。
テ「蓮二さんの動物の写真、めっちゃめちゃいいんだよーー」
は「え、そうなの?」
蓮「今、持ってきますよ」
発売するかもわかんないから詳しいこと書けないけど、
アラ50の3人がキャッキャ言って見るくらいかわいい。
蓮「こないだテツクロさんが見た時よりも増えてますよ」
テ「んじゃ新作もあるんだー」
蓮「今も〇〇動物園の帰りですから(笑)」
テ「ははは、そっかぁ、蓮二さんって落語家さんだけ撮ってる人だと思ってたもん」
は「んなわけなーいでしょ」
会はいつものように素晴らしく、打ち上げもいつものように賑やか。
最後はヒロさんの手締めで、来月の最終回へと向かうのでありましたー。


10月24日(土)野外とお座敷
気がついたら仙台にいた。
おお、8時すぎには仙台にいられるんだーー。
6時ちょいの新幹線に乗ればーーー。
「れきみん祭り」というお神楽が三団体出演するという野外の公演の合間に、テツクロさんが一人で数十分ライヴをするという。
いやいや、楽しいことですな。
野外。
ひさしぶりですなぁ。
伝の会で何回かやったことがございます。
エレキ三味線でやったこともございます。
最近はとんと無かったのですが、久々の野外、しかも一人で。
いやいや、どんなことになるやらと思いましたが。
まぁ、楽しかったですねぇ。
お客さんの反応が良い。
年配の方たちがほとんどなんですが、なかなかの一体感でした。
いやいや、楽しかった。


10月25日(日)鉄九郎ひとりライヴ 仙台
寝不足だったのでぐっすり寝て楽屋入り。
今日は「鉄九郎ひとりライヴ」なのでございます。
仙台で、もう、3回目といいますから、こちらのスタッフのやる気というものが伝わってきます。
ありがたいことです。
今回も、劇団紅神楽のみなさんが色々とやってくださいまして、まぁ、お座敷を雰囲気のあるものに仕立ててくださいました。
ありがたいことです。
しかも、前座は東北大の落研の方。
スゴイですなぁ、三味線ライヴの前に落語ですから。
どーなってんだーーい、という感じですが、僕のライヴの場合は
ド・ストライクですねぇ。
びっくりするほどはまりますねぇ。
あんまり楽しくて、打ち上げで飲みすぎたことに新幹線を降りる時に気がつきました。
フラフラしてんだもの。


10月26日(月)FM岡山
朝起きたときに、オヤッと思った。
お酒が残っていると言うか、二日酔いと言うか。
8時すぎの飛行機で岡山に向かうのだ。
ぐっすり眠って岡山空港着。
稽古は夕方からだが、それまでにFM岡山に行くことになっている。
11月13日に「ひとりライヴ」をするので、その宣伝ですな。
ラジオは大好きなので楽しみなのである。
牛島俊明アナウンサーの3時間番組のコーナーの出演だそうだ。
「何分出るの?」と聞いたら「30分」とかえってきた。
30分ってのはうれしいですねぇ。
そんなに喋っていいの?
みたいな。
また牛島さんが面白い。
とにかく「必殺シリーズ」の大ファンらしく、三味線と聞くと三味線屋勇次を思い出すようだ。
録音は喋ったり弾いたり喋ったりで無事に終了。
牛島さんに三味線の糸を差しあげた。
http://djushijima.livedoor.biz/ (牛島さんのブログ日記)
さて、とにかく睡眠が必要だと気がついた私はホテルで熟睡。
そして夕方からお稽古に。
終わってまた飲んじゃった。


10月27日(火)志の輔らくご in 古本まつり
お昼くらいに羽田に到着。
おなか減った。
カレーの匂いにどうしても逆らえずフラフラッと入る。
そして帰宅。
支度をして神保町へ向かう。
いやいやハードだ。
駅について、スイカを出そうとしたら無い。
あらっ。
ズボンはきかえちゃったから忘れたんだ。
じゃ現金で切符買うか。
あららっ。
財布が無い。
カバン替えちゃったから入れ忘れたんだ。
どうしよ?
カードも財布も無い。
こりゃどう考えても家に戻って取ってくるしかないかぁ。
ガックリしながら荷物持って帰宅。
玄関あけると
「おかえりーー」と娘の声がする。
テ「おお、帰ったのか。俺、忘れ物取りに帰ってきたんだ」
娘「でかけるのーー?」
テ「ああ」
娘「今日は帰ってくる?」
テ「ああ帰るよ。お前は?」
娘「出かけなーい。いってらっしゃーい」
再び駅へ。
方向音痴のワタクシは一人で会場に行く自信がなかったが、
「駿河台の交差点を北上して床屋さんを右に」
とのMさんのメールで無事にたどりつく。
そうだったそうだった、去年もここだったここだった。(2008年10月29日)
この会は僕も出ることになっている。
こう決まっているのはこの会くらい。
志の輔らくごの中で、僕が一人で高座に上がることは、あらかじめ決められてない、いつも突然なのだ。
この突然に慣れてしまっているので、予め出ることが決まっているというのは、妙に照れる。
でも楽しい。
会もヤンヤヤンヤで終わり打ち上げ。
やっぱり飲む。
志「酒が抜けないんだよなぁ」
テ「同感です」


10月29日(木)志の輔らくご in ACT
11月1日の伝の会本公演の下ざらいをしに勝どきに行く。
「鞍馬山」と「勧進帳」。
それが終わって、赤坂アクトシアターへ。
今日と明日で志の輔らくご3回公演を行う。
一席目と二席目の間に演奏することになっている。
今回は邦さんがつかまったので伝の会と太鼓&笛という形でやることに決めた。
そして開演。
志の輔師匠、ドドーンと三席。
いつものようにエネルギッシュ。
終わったら打ち上げ。
初日が終わってホッとしたのと、果たして僕らの音楽はオッケーだったのかとの不安というか、そんなもので緊張が続く。
まぁ、いつものことなので慣れてはきたが。


10月30日(金)志の輔らくご in ACT
2日目。
師匠から電話がかかってきた。
志「なんかやりづらいことないか?」
この一言でやっと緊張がとけた。
今日も「鞍馬山」「勧進帳」の下ざらいをし、志の輔らくご開演。
昼夜公演。
伝の会のセッションもやればやるほど良くなった。
夜の三席目。
この3回公演の最後の演目。
舞台袖に直に座ってジーッと見て聞いた。
横から見る師匠の姿。
汗がアゴからポタポタたれて。
このハードな三席を一日2回。
このバイタリティと、なによりも、お客様になんとしても楽しんでもらおうというエネルギーを焼き付けたかった。
お昼くらいに、文都さんが昨日29日に亡くなったことを知った。
最初にうかんだのは「そりゃないよな」という言葉だった。
癌だったのは知ってたし、闘病してることも知ってた。
でも死んじゃうなんて。
わりに近所に住んでたし、僕がゴルフ始めたことを知ってくれて練習場に連れてってくれると言っていた。
この日は?この日は?ってメールのやりとりしていた。
それからちょっと経ったら「大阪で闘病してる」って聞いた。
え?
ゴルフの練習は?
まぁ、文都さんが帰ってきてからにしよう。
と、楽しみにしていた。
それから数ヶ月、たった数ヶ月。
時々、志の輔師匠に様子は聞いていたけど。
文都さんとは同い年で。
もちろん志の輔師匠を通じて知り合ったんだけど。
僕の会ものぞいてくれたり、文都さんの出囃子を弾いたこともある。
身体良くなったら、もっともっと親密に付き合う人だってこと僕は知ってた。
こんな残念なことは無い。
友達になるって知ってて、なれないのは淋しすぎる。
志の輔さんの横顔を見ながら、噺に引き込まれながら、ふと、
文都さんもこの高座聞いてるだろうなと思った。
絶対聞いてる。
「志の輔アニさんはスゴイなぁ」って首かしげてるにきまってる。
そして、僕なんかよりずっとずっと残念で悔しがってるのは志の輔師匠。
今夜は少人数で打ち上げ。
ビールがおいしかった。
高座を終えた師匠は、カラになったみたいでスッキリして見えた。
邦さんもすごく喜んでいた。
志の輔さんと邦さんが並んで喋ってるってのはうれしい。
そして、この宴会の席にも文都さんはきっといるんだろうなぁ。


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