紀州道成寺
文久元年(1861)三月

作曲 五代目 杵屋三郎助(後の十一代目六左衛門)
〈本調子〉 
そもそも紀州道成寺と申すは 道成の卿承り始めて 伽藍橘の道成興行の寺なればとて 
道成寺と名づけたり 知るべの道は此方ぞと 和光同塵結縁の 倶に進むる仏法衆生 救はせ給ふ法の声 
章願誓志煩悩の 作りし罪も消えぬべし 鐘の供養に参らんと 月はほどなく入汐の 煙満ちくる小松原 
急ぐ心かまだ暮れぬ 日高の寺にぞ参りける あれにまします宮人の 烏帽子をしばし仮に着て 
既に拍子をすすめけり 
仇し身の雪にそぼふる春の雨 花に柳の綾錦 時の調子をとりどりに 我妄執の消えめやは 
濁りに澄みて月清み 浮いて 変はるの世の習ひ 無明の夢も邯鄲の 枕にさとし五十年 
かざしの袂翻し おりそへまがふ その風情 一節かなで面白や 
花の外には松ばかり 花の外には松ばかり 暮初めて鐘や響くらん 山寺のや 
[乱拍子舞]

春の夕暮来て見れば 入相の鐘に花ぞ散りける 入相の鐘に花ぞ散りける 花ぞ散りける 
さる程にさる程に 寺々の鐘 月落ち鳥啼いて霜雪天に 満潮程なく日高の寺の 江村の漁火 
愁ひに対して 人々眠ればよき隙ぞと 立ち舞ふ様に ねらい寄って 撞かんとせしが 
思へば此鐘怨めしやとて 龍頭に手を掛け飛ぶよと見えしが 引かづいてぞ入りにける 
此鐘について 女禁制のその謂を 語るもなどか哀れなり 
昔此里にまなごの庄司と云ふ者 一人の息女あり 又 その頃奥より熊野詣の先達のありしが 
年々庄司が許を宿として来ぬるに 何時か娘と逢瀬ごと 草の枕の露しげみ 我濡衣を身にまとひ 
離れはせじと一筋に 女子心は さがなけれ 恋に修行の二つ道 迷ふはつらし迷はねば 
神慮恥ずかし山伏の かへやもなしとねを逃れ 足も空なる道遠み 
彼の女は山伏を 遁すまじと追ひかくる 折しも増さる水の面に 渡り兼ねたる日高川 
さすがに思ひも浦波に 浮きつ沈みつ恋ひ慕ふ 女の一念毒蛇となって 日高川を易々と泳ぎ渡り 
此の寺の外に忍ばん蔭もなし 下りたる鐘を怪しみて 龍頭を銜へ七まとひ 
まとひまとひて胸の火に 鐘は湯となり山伏は 終に失せにけり 
その時の執心残って 障碍を為すこそ恐ろしけれ 
水かへって日高河原の 真砂の数は尽くる共 行者の法力尽くべきかと 皆一同に声を上げ 
丹誠凝らして念じける 東方に降三世明王 南方に軍茶利夜叉明王 西方に大威徳明王 
北方に金剛夜叉明王 中央に大日大聖不動明王 聴我説者得大智恵 知我身者 即身成仏と祈り祈られ 
撞かねどこの鐘響き出で 曳かねどこの鐘おどるとぞ見えしが 程なく撞楼に曳上げたり 
あれ見よ蛇体は顕はれたり 

[祈り 三段]
謹請東方清竜清浄 謹請西方白体白竜 謹請中央黄体黄竜 一大三千大千世界の 恒沙の竜王 
哀悠納受 哀悠自謹のみきんなれば 何処に大蛇の有るべきぞと 祈り祷られかっぱとまろぶが 
又起きあがって忽ちに 鐘に向かってつく息は猛火となってその身を焼く 
日高の川波深淵に飛んでぞ 入りにける 望足りぬと験者達 我本坊にぞ 帰りける