連獅子(正)
明治五年(1872)七月

作曲 三代目 杵屋正次郎
〈本調子〉 
それ牡丹は百花の王にして 獅子は百獣の長とかや 
桃李にまさる牡丹花の 今を盛りに咲き満ちて 虎豹に劣らぬ連獅子の 戯れ遊ぶ石の橋 
そもそもこれは尊くも 文殊菩薩のおはします その名も高き清涼山 
峨々たる巌に渡せるは 人の工にあらずして おのれと此処に現はれし 神変不思議の石橋は 
雨後に映ずる虹に似て 虚空を渡るが如くなり 

〈二上り〉 
峰を仰げば千丈の 雲より落つる瀧の糸 谷を望めば千尋なる 底は何処と白波や 
巌に眠る荒獅子の 猛き心も牡丹花の 露を慕うて舞ひ遊ぶ 胡蝶に心やはらぎて 
花に顕れ葉に隠れ 追ひつ追はれつ余念なく 風に散り行く花びらの ひらりひらひら 
翼を追うて 共に狂ふぞ面白き

〈本調子〉 
時しも笙笛琴箜篌の 妙なる調べ影向も 今いく程によも過ぎじ 


かかる険阻の巌頭より 強臆ためす親獅子の 恵みも深き谷間へ 蹴落す子獅子はころころころ 
落つると見えしが身を翻し 爪を蹴たてて駈登るを 又突き落し突き落され 
爪のたてども嵐吹く 木蔭にしばし休らひぬ 登り得ざるは臆せしか あら育てつるかひなやと 
望む谷間は雲霧に それともわかぬ 八十瀬川 水にうつれる面影を 
見るより子獅子は勇み立ち 翼なけれど飛び上り 数丈の岩を難なくも 駈上りたる勢ひは 
目覚しくも亦勇ましし [獅子舞合方]

獅子団乱旋の舞楽のみきん 獅子団乱旋の舞楽のみきん 牡丹の花ぶさ匂ひ満ちみち 
大きんりきんの獅子頭 打てや囃せや牡丹芳 牡丹芳 黄金の蕊現れて 花に戯れ枝に臥し転び 
実にも上なき獅子王の勢ひ 靡かぬ草木もなき時なれや 
万歳千秋と舞ひ納め 万歳千秋と舞ひ納め 獅子の座にこそ直りけれ