常磐の庭
嘉永四年(1851)九月

作曲 十代目 杵屋六左衛門
[前弾]〈本調子〉 
そもそも厳島の御社は 人皇七十四代の御宇かとよ 再建ありし宮柱 
幾百歳か白波に 数の燈火輝り渡り その面影を東なる 眺めはつきじ海原の 
南は蒼海雲に続き 遠山遙に薄霞 千舟百船 行き通ふ 春の曙富士の雪 長閑に匂ふ朝日影

〈二上り〉 
仇と恋とをうつせ貝 若しやみるめを打ち寄る波に 粋なすがひのそのお姿を 
いつか忘れんわすれがひ 顔は恥かし紅葉貝 撫し子貝の可愛らし さし来る汐に漕ぎ出づる 

〈三下り〉 
ゆかしき船の青簾 音締も高き高輪に 馴れて鴎の三つ四つ二たつ 六つ睦し竹芝に 
見えつ隠れつ沖洲の蘆に 翼涼しき夕まぐれ 身に沁む頃は立秋の 苫屋の煙り隈取りて 
絵島が崎や明石潟 須磨の浦辺で汐汲む海女は 辛気らしいぢゃないかいな 
よいよいよいよいよいやさ それえ 此処は御濱の月を愛で 霜を重ねて打つ砧 初冬の 
板屋を敲く玉霰 音も寒けき 閨の戸を ささで慰む友千鳥 散やちりちり ちりちりぱっと 
夜半のいざり火 四つ手網 世渡る業のしなじなは 言の葉草の及びなき 

〈本調子〉 
ただ この庭は年毎に 松の緑のおひ茂り 四季折々の風景は 弁財天女の御恵み 
福寿円満限りなき 舞の秘曲の面白や
[三保神楽合方]
波の鼓に笛竹の 十二の律を 三筋の糸に 調べととなふ一節は 春夏秋冬楽の 千代に万代祝し祝して