枕 獅 子
寛保二年(1742)三月
作詞 不明
作曲 杵屋喜三郎か

[前弾]〈三下り〉
樵歌牧笛の声 人間万事さまざまに 世を渡りゆくその中に
ためし少なき川竹の 流れ立つ名の憂きことばかり
寄せては返す浪枕 定めなき世の中々に 誠をあかす恋の闇
忍ぶ枕や肘枕 思ひぞ籠る新枕 とんと二つに長枕
されば迷ひそのかみや 天の浮橋渡り初め 女神男神の二柱
恋の根笹の伊勢海士小船 川崎音頭口々に

〈本調子〉[音頭]
人の心の花の露 濡れにぞ濡れし鬢水の はたち鬢の水くさき
道理流れの身ぢゃものと 人に謡はれ結ひ立ての 櫛の歯にまで掛けられし
平元結の結髷も 痒いところへ簪の 届かぬ人につながれて
帽子おさへの針の先 つくづくどうか笄の ひぞりも鶴のはしたなく 
梯子あげやの別れ坂

〈三下り〉
春は花見に 心うつりて山里の 谷の川音雨とのみ 聞こえて松の風
実に過って半日の客たりしも 今身の上に白雲の
その折過ぎて花も散り 青葉茂るや夏木立 飛騨の踊りは面白や
早乙女がござれば 苗代水や五月雨
初の人にも馴染むはお茶よ 誰が邪魔して薄茶となる
なるならば こちゃこちゃ こちゃ知らぬ ほんにさ
恨みかこつもな 実からしんぞ 気に当ろうとは夢々知らなんだ
見るたび見るたびや聞くたびに 憎てらしい程可愛ゆさの
起請誓紙は疑ひ晴らし オオよい事のよい事の 朧月夜やほととぎす 
時しも今は牡丹の花の 咲くや乱れて散るはちるは 散り来るは
散るはちるは散りくるは 散り来るはちりちりちりちり
散りかかるようで おいとしうて寝られぬ 
花見て戻ろ 花見て戻ろ 花には憂さをもうち忘れ
咲き揃ふ風に香のある花の波 来つれて連れて 顔は紅白薄紅さいて
口説けど口説けど丁度廿日草 君は情なやオオそれ それぢゃ
まことに花車 くるりやくるりや くるりくるり くるりくるり
くるりくるりくるりくるり
牡丹に戯れ獅子の曲 実に石橋の有様は
その面わずかにして 苔滑らかに谷深く 下は泥犁も白波の音は嵐に響き合ひ
笙歌の花降り 簫笛琴箜篌 夕日の雲に聞ゆべき 目前の奇特顕著なり[楽合方]
暫く待たせ給へや 影向の時節も 今幾程によも過ぎじ[狂ヒ合方]
獅子団乱旋の舞楽のみきん 牡丹の花房匂ひ満ち満ち 大巾利巾の獅子頭
打てや囃せや牡丹芳 牡丹芳 黄金のずゐ顕はれて 
花に戯れ枝に臥し転び 実にも上なき獅子王の勢ひ 
なびかぬ草木もなき時なれや 
万歳千秋と舞ひ納め 万歳千秋と舞ひ納め 獅子の座にこそ直りけれ

(歌詞は『長唄名曲要説補遺』に従い、表記を一部改めた)