末 広 狩
安政元年(1854)三月
作詞 三代目 桜田治助
作曲 十代目 杵屋六左衛門
〈本調子〉 
描く舞台の松竹も 千代をこめたる彩色の 若緑なる シテとアド 
まかり出でしも恥づかしさうに 声張り上げて 太郎冠者あるか 御前に 念無う早かった 
頼うだ人は今日もまた 恋の奴のお使ひか 返事待つ恋 忍ぶ恋 晴れて扇も名のみにて 
ほんに心も白扇 いつか首尾して青骨の ゆるぐまいとの要の契り 固く締緒の縁結び 
神を頼むの誓ひ事 濡れて色増す花の雨 傘をさすなら春日山 これも花の宴とて 
人が飲みてさすなら 我も飲みてささうよ 花の盃 花傘 
げにもさうよ やよ げにもさうよ げにまこと 
四つの海 今ぞ治まる時津風 波の鼓の声澄みて 謡ふつ舞ふつ君が代は 
万々歳も限りなく 末広狩こそめでたけれ 末広狩こそめでたけれ


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 狂言の代表的な作品「末広がり」を元にした長唄です。
 能や狂言から生まれた長唄は数多くありますが、この「末広狩」は狂言の内容そのものを長唄に写すのではなく、
狂言の世界に趣向を借りながら、大名を女性に、太郎冠者を恋文のお使いに仕立てています。
狂言の台詞回しや扇尽くし、太郎冠者の囃子物を歌詞に取り入れることで、
長唄の中に狂言の雰囲気が生かされています。
 ミニチュアの狂言舞台のような、かわいらしい唄です。


【狂言「末広がり」】
〈あらすじ〉主人(大名)の使いで都に「末広がり」を買いに行った太郎冠者。主人の注文は、地紙が良くて要がしっかりして、戯れ絵の描かれた末広がり。ところが末広がりが扇のことだと知らない太郎冠者は、都のすっぱ(詐欺師)にだまされて、「紙が張ってあって骨がしっかりして、柄で戯れることのできる」古傘を買ってしまう。早速主人の所へ戻るが、とんだ偽物を買わされてきた太郎冠者に主人は立腹。困った太郎冠者は、先ほどすっぱに教わった「主の機嫌が直る囃子物」を舞い謡う。「傘をさすなら春日山、これも神の誓い(=紙の違い)とて、人が傘を差すなら、我も傘を差そうよ。げにもさなり、やようがりもそうよの……」太郎冠者の滑稽な舞にいつしか主人の機嫌も直り、太郎冠者と一緒になってにぎやかに舞を舞う。…
 「末広がり」は正式の能楽で脇能の次に演じられる「脇狂言」のひとつ。「脇狂言」はシテの大名が「果報者」と名乗るなど祝言性の強い内容が多い。だまされる太郎冠者の滑稽味と、主従ともに楽しく舞い謡うめでたさが眼目。


【語句の意味】
・描く舞台の松竹も 能・狂言の舞台を模して、背景正面に松、左右に竹を描いた羽目板(=松羽目)を置いた舞台のこと。
七世市川団十郎が「勧進帳」で用いたのが最初。

・若緑なる 松竹の色とともに、登場人物(シテとアド)がまだ若々しいことを示す。

・シテ 「仕手」の意で、能・狂言の主役。ここでは大名(果報者)にあたる女のこと。

・アド 「迎合」の意で、狂言で主役の相手となるもの。ここでは恋の使いの太郎冠者。

・「太郎冠者あるか」~「念無う早かった」 
狂言でよく用いられる会話を写したもの。
「念無う」は「念無し」で、ここでは思いがけず、意外に、の意。

・頼うだ人 太郎冠者から見た「私の頼みにする人、ご主人様」の意。
狂言中の太郎冠者は大名を「頼うだお方」と呼ぶ。

・恋の奴 「奴」は家来・従者のことで、転じて思想・身体の自由を持たない者を言う。
「恋の奴」は恋のとりこになっている状態のこと。

・晴れて扇も~要のちぎり 以下狂言の内容を受けて扇尽くしの詞が続く。

・晴れて扇も 「晴れて逢ふ」と「扇(あふぎ)」をかける。

・心も白扇 「心も知らず」と「白扇」をかける。
「白扇」は地紙に絵の描かれていない扇。

・首尾して青骨の 「首尾して逢ふ」と「青骨」をかける。
「首尾して」はうまく都合をつけて。「青骨」は未詳。
扇の骨には晒して色を抜いた晒骨や染料を用いて黒色等の色をつけた染骨などがあるが、「日本国語大辞典」「角川 古語大辞典」には「青骨」の用例はない。

・要の契り 扇の骨を綴じる「要」のような固い約束。

・神を頼むの誓い事 狂言中の囃子物の詞「これも神の誓いとて」を受ける。

・固く締緒の縁結び 固く結んだ「締緒(締め付けるためのひも)」と、縁を固く結ぶ、をかける。
何の締緒を指すか不明だが、扇の一種・中啓につける緒を指すか。

・濡れて色増す花の雨 次の「傘」を導くための詞。

・傘をさすなら~げにまこと 狂言中の囃子物の詞を受け、「傘を差す」を「盃をさす」に転化させたもの。
「傘をさすなら春日山」は、奈良・春日大社の背後に春日山が笠をさしかけたように覆いかぶさっていることから。

・四つの海 四方の海、転じて天下・世界。

・時津風 1.塩が満ちる時に吹く風。 
2.ちょうどその時にうまい具合に吹く風。順風。 ここでは2の意。

・波の鼓 1.波の音を鼓に例えて言う語。 2.また逆に、波の調子に打つ鼓のこと。 ここでは1.の意。

・謡ふつ舞ふつ 謡いつつ舞いつつ。

・万々歳 長い年月、また長い年月を祝っていう語。



【成立について】
安政元年(1854)三月、江戸中村座初演、『花御堂大和文庫』中の「稚美鳥末広(わかみどりすえひろがり)」が本名題。


【こんなカンジで読んでみました】 
 松と竹とも色あざやかに、さあ幕開きのこの舞台。
演じまするはまだうら若きシテとアド……。
恥じらいつつも鈴の鳴る声張り上げて、
「太郎冠者、太郎冠者はおらぬかえ」
「はは、御前にござります」
「あらま意外に早いこと」
 ご主人様は今日も今日とて恋の中、呼ばれて何の御用と思えば、
末広がりを買うでもなく、ラブレターのお使いとはね。
 ご主人様のこの恋は、返事待つ恋、忍ぶ恋。
晴れて扇を手に入れて、いやいや晴れて逢う身になりたいけれど、
彼の心はどこやら知れず、しれっと素知らぬ白扇。
思いを叶えて逢う身になれば、青骨つなぐ要のように、揺るがぬ契りを結びましょう。ぎゅっと締緒の固いご縁と神様だのみの誓いを立てて、
雨に色増す花でもないが、女の器量は恋の涙で上がるもの、さあ花の雨に傘をさそうよ。傘をさすなら春日山、これも花の宴と言って、
誰かが飲んでは盃さすなら、私も飲んでご返杯。
あら盃に花降って、傘にも花散る、
ほんとにきれいでめでたいね、ねえ、ほんとにそうだ、ほんとにほんと。
 世界に穏やかな順風が吹いて、波の鼓が打ち寄せる。
このすばらしい君が代が幾年も続くように、さあ謡おうよさあ舞おう、
末広がりとはめでたいね、末広がりとはめでたいね。

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